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2011/03/18

人類の軌跡その38:キリスト教番外編

<文学作品に描かれる初期キリスト教の姿>

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 ポーランドの作家ヘンリク・シャンキェビッチの「クォ・ヴァディス(何処へ行く)」は、「ネロの時代の物語」と副題が付きますが、この作品は初代教会時代(使徒時代)のクリスチャンの殉教を描いたもので、皇帝ネロによって、多くのクリスチャンが猛獣の荒れ狂うコロセウムの中で、衆人環視のもと猛獣の餌食と成り、又敬虔な彼等がネロの迫害を逃れ、アッピア街道沿いに在るカタコンベ(地下墓所)で、密かに神を拝し、祈り、神の道を伝えた事が記されています。

 この物語の中で使徒ペテロは、一度迫害の激しいローマを見捨てて逃げ去ろうとします。
「クォ・ヴァディス」は次の様に記述されています。

「次の明け方、二つの黒い影がアッピア街道をカンパニアの平原を目指していた。
一つは少年ナザリウス、一つは使徒ペテロ、ローマと其処で苦しみを受けている信者達を後にして行くのだ。・・・・
やがて太陽は山の狭間から登ったが、たちまち不思議な光景が使徒の眼を捕らえた。
金色の珠が空を上へ上へと登らず、かえって高みから降りて来て道の上に転がった。
ペテロは立ち止まっていた。
“此方に向かって近づいて来る明るいものが見えるか?・・・・”
“いいえ、何も見えません”ナザリウスは答えた。
暫くして使徒は、手のひらで目を覆い、叫んだ。
“誰か人の姿が日光の中を此方に歩いて来る!”しかし、二人の耳には微かな足音さえ聞こえ無かった。
周囲は静寂そのもので、ナザリウスの目に映ったのは、唯、木々が遠くで誰かに揺すられている様に震えているだけで、光は次第に広く平原に注いでいた。
ナザリウスは使徒を見ておどろいた。
“ラビ(師)、どうかなさいましたか?”
彼は不安そうに尋ねた。
ペテロの手から杖が離れて地面に落ち、眼はじっと前方を眺め、口は開いたまま驚きと歓喜と恍惚とが、ありありと見えた。
突然、跪いて前方に手を伸ばし、大声で叫んだ。
“おお、キリスト・・・・キリスト!”
それから頭を地面につけ、誰かの足にキスをしている様子だった。
長い間、沈黙が続いた。
やがて、静けさの中に咽び泣く老人のとぎれがちな言葉が響いた。
“クォ・ヴァディス・ドミネ・・・・”(主よ何処へ行き給うか)
ナザリウスには、其れに対する答えは聞こえなかったが、ペテロの耳には悲しい甘い声でこう聞こえた。
“汝、我が民をすつるとき、我ローマに往きたふたたび十字架に架けられん”
使徒は顔を埃にうずめ、身動きも言葉もなく、地面に身を伏せていた。
ナザリウスには使徒が、気絶したか、死んだかと思った。
だが、やがて使徒は立ち上がり、震える手で巡礼の杖を上げ、無言のまま七つの丘の街(ローマ)の方に向いた。
少年はそれを見ると、こだまの様に繰り返した。
“クォ・ヴァディス・ドミネ・・・・”
“ローマへ!”
使徒は低く答え、そして戻って往った」(河野与一訳より)

 聖書に記されていない、キリスト教に纏わる伝説によれば、紀元67年の或る日、青年時代、ガリラヤ湖の畔で漁師をしていた老人が、永遠の都ローマに於いて、余にも熱心にキリスト教の伝道を行った故を持って、その師と同じく十字架による磔刑を宣告されました。
100歳の高齢に達していた彼は、まず法律の定めに従い体罰を受け、次の日城外のヴァティカヌスの丘に引き出され、十字架の刑を受ける事に成りましたが、自分は師たる、イエス・キリストと同じ方法で死ぬだけの資格は無いので、逆さ磔にしてくれる様頼み、その願いが聞き入れられたと伝えられています。
この高齢の殉教者は、キリストの12使徒の一人、シモン・ペテロで、彼は聖パウロと共にローマで伝道し、神の教えを広めたのでした。

続く・・・

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