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2011/04/01

人類の軌跡その52:現代に伝わる建造物⑪

<聖ソフィア寺院2>

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◎寺院の変遷

 嘗て、フランスの一歴史家が、十字軍に従軍しビザンチウムを通過した折、聖ソフィア寺院を見て以下の様に記述しています。
「之は美のパラダイスであり、神の栄光の冠である。其れは天に迄達し、地上の驚異である」と。

 しかし、当時最も文明の進んだ、偉大な都市ビザンチウムにも運命の日が訪れました。
預言者マホメットの教えを信奉するトルコやアラブの国々は、キリスト教の本山と云うべきビザンチウムを嫉み、奪取する事を考えたのでした。
 
 1453年、イスラム勢力の台頭により、東ローマ帝国が滅亡し、首都ビザンチウムと聖ソフィア寺院もイスラム勢力の手中と成りました。
彼らは、寺院を破壊する事はせず、モスクに改修したのでした。
キリスト教を表わす物は、建造物とその周辺から尽く排除され、聖人の肖像画の描かれた天井には、コーランの一節が記され、銀の祭壇や真珠の装飾も取り除かれ、ドームの頂上に在った十字架は、イスラム教のシンボルである三日月に交換され、更に寺院の四隅にはミナレット(尖塔)が加えられました。

 聖ソフィア寺院は、一時期イスラム勢力によって、イスラム教の寺院として存在しましたが、その後トルコに革命が起こりスルタン制から共和制に移行すると供に、イスラムの僧侶は寺院から追放されます。
現在、トルコ共和国は、聖ソフィア寺院を博物館として維持管理し、イスラム風の絨毯、祭壇、装飾は撤去され、コーランの詩句も削られて、ユスチニアヌス1世時代のキリスト教風の装飾に変更されてその姿を残しています。

続く・・・
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