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2008/10/02

「火の鳥・鳳凰編」

火の鳥・鳳凰編

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東大寺建立を背景に二人の若者の生きざまを描くシリーズ屈指の傑作です。

<物語>
 聖武天皇の時代。ある漁村の青年、我王(がおう)は、村人から虐げられていた。
ある日我王は、村人からの嫌がらせに怒りが爆発し、復讐の為、村人を殺してしまう。
追っ手から逃れる我王は森で茜丸(あかねまる)という仏師と出逢うが、茜丸の衣服を奪い、更には茜丸の仏師としての腕をねたみ、茜丸の利き腕を斬りつける。

 茜丸はやっとの思いで近くの寺にたどり着き、腕の手当をして貰うが、その腕はもう治らないと言われ、仏師としての将来に絶望するものの、住職の生き方に心を打たれ、1から再出発をする事を誓う。
 
 行く先々で人を殺し続ける我王は何時しか盗賊に身を落とすが、ある時誤解から自らの手で最愛の女性を殺した事により、生き甲斐を失う。
捕らえられた我王は僧の良弁に引き取られ、良弁の諸国行脚の共をするようになる。

 一方、修行を積む茜丸のもとに、ある日、朝廷から橘諸兄(たちばなのもろえ)が訪れ、その姿は誰も見たことがないという鳳凰の像を彫る事を命じられる。
3年という期限以内に出来ない場合は死罪、断っても死罪という無理難題であった。
茜丸は鳳凰の姿を求めて旅にる。
旅の途中、茜丸は良弁に伴われた我王に出逢う。
恨みを晴らせと詰め寄る我王に、茜丸は我王を恨んではいないと言い残し去る。
我王に腕を傷つけられ事により、茜丸はそれまでの自分の慢心を戒められた事を我王に感謝すらしていたのであった。

 3年の期限が過ぎても結局鳳凰を彫れなかった茜丸は橘諸兄に殺されそうになるが、橘の政敵、吉備真備(きびのまきび)に救われ、彼の元、正倉院に収められている鳳凰の図より、鳳凰の像を完成させるのだった。

 良弁と共に旅をしていた我王は何時しか仏像に目覚め、仏師としての才能を発揮していく。
やがて、東大寺大仏殿建立が始まり茜丸は工事の責任者に選ばれ、大仏殿の鬼瓦製作を巡って、腕くらべをする事になるが、茜丸の前に現れた対決者は我王であった。
 
<注記1>
二人の仏師の生き方を描く傑作です。
虐げられた事から、悪の道に身を落とすものの、民衆の怒りと悲しみを癒す事に目覚めて行く我王。
我王の手によって、嘱望されていた将来を絶たれ、また権力に翻弄されながらも、自らの努力で未来を切り開いて行く茜丸。
善悪を越えた二人の対称的な生き方が見事は筆致で描かれます。
特筆すべきは、その表現方法で、心象風景の描写など、思想の映像表現の技術は、この時期の最高レベルのものであると言えるでしょう。
 
<注記2>
東大寺は良弁などが中心になって建てられました。
大仏は743年に桓武天皇の公布により開始され、749年に完成し、752年、盛大な開眼式が行われました。(完全に完成したのは771年)
建立の目的としては、国家の統一と、”釈迦が民衆を救済する為に100億の釈迦となって経を説く”という意味が込められています。
しかしながら、この東大寺建立は、国費の大半を消耗し、国民生活を破壊し、律令制度を破綻に導く結果となったそうです。
 
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