FC2ブログ
2011/04/25

人類の軌跡その76:大航海時代⑤

<コロンブスの遺骨その5>

Col_ind_maid_convert_20110425211843.jpg

◎遺骸紛争Ⅱ

 サント・ドミンゴの教会から、コロンブスの本当の遺骨が発見されたニュースは、全世界に一大センセーショナルを巻き起こし、スペインでは、明確な証拠を敢えて否定し、憤然としてその真実性を否定しました。
コロンブスの柩の蓋を開ける時に立ち会った、ドミニカ共和国駐在スペイン公使が、コロンブスの遺骨発見が真実である事を本国政府に報告するや、スペイン政府は、この公使をサント・ドミンゴから召還するなど、スペインは自国の主張以外絶対に妥協しませんでした。

 1898年キューバが宗主国のスペインから独立した時、スペイン政府は、尚もコロンブスの遺骨は、スペイン領内に安置されるべき事を主張し、無銘の柩(ディエゴの柩)を350年前に旅立った、故国スペインのセヴィリアに三度移し、「クリストヴァル・コロン」の銘を記した石棺に納めなおし、壮大なセヴィリア教会に安置しまが、大多数の人々は其処にコロンブスに遺骨が存在しない事を知っていました。

 サント・ドミンゴの人々は、彼等が託されているものが、如何に貴重なものなのかを理解し、彼等も又教会の中に、コロンブスの遺骨を安置する堂を建立します。
堂の中央には、重い青銅の柩があり、柩の側面は折畳みに成っていて開閉可能であり、必要に応じて内部の柩を見る事が出来る様に成っていました。
毎年10月12日、コロンブスのアメリカ発見の日を記念して、その日は柩の側面が開放され、鉛製の柩全体が参拝者に公開されました。
鉛の柩の大きさは、長辺42.5cm 短編22.5cmであり、中には遺骨が固体と粉体になって、内部を満たしていますが、その損傷度合いが激しく、そのまま放置する事は遺骨の雲散消滅に繋がり兼ねない状況でした。
現在、サント・ドミンゴ大聖堂に静かに安置され、永遠の眠りについています。

 コロンブスによって発見された、アメリカ大陸、特にカリブ地方がその後、大航海時代を通じて如何様に変化し、又原住民から見たコロンブス(スペイン人)の姿、歴史家のその後の評価について、敢えて此処に書きません。

続く・・・
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント