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2011/05/02

人類の軌跡その83:大航海時代⑫

<雨の神の花嫁(チェチェン・イッツア)その5>

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◎ククルカンの墓①

 今迄のお話は、ランダ神父の著作に記された事柄ですが、この記録を信じ、聖なる泉を調査、探検しようと志す者が居ます。
1885年から25年間に渡り、この地方のアメリカ領事を務めた、エドワード・トンプソンは、40年以上をユカタン半島で過ごし、精魂を傾けてマヤ族の遺跡を調査しました。
その長い期間の内に、彼は原住民の仕掛けた、毒ねずみの罠に係り足が不住となり、聖なる泉の調査では水中に潜って耳が不住になり、しかも幾度も風土病に悩まされ続けました。
彼は、チェチェン・イッツアを訪れた時、聖なる泉の伝説を知り、その真偽を確かめ様と考え、友人を口説き落として資金を集め、浚渫機器を揃えスキンダイビングを習得しました。

 トンプソンは聖なる泉の最も有望と予想される位置に、浚渫機を設置し、泉の底を浚い始めました。
最初は、汚泥や木々の枝等が殆どで、この状態が長期間に及び流石に楽観主義者のトンプソンも、自分の考えに誤りが有るのではないかと疑い始めたます。
しかし、ある日の事、浚渫機は香料の塊をすくい上げ、それから数ヶ月の間に、花瓶、香炉、矢尻、槍の穂、斧、金製の盤、玉の飾り等が次々と発見され、花嫁の伝説を裏付ける若い男女の遺骨も発見されました。
トンプソンは潜水服に身を委ね、毎日聖なる泉の底に潜り、調査を続け結果、その発見した黄金の品々は、水鉢と杯、40枚に上る平皿、指輪20個、鈴100個、無数の金塊、金細工300個と膨大な価値のもので、泉の伝説を立証するに十分な発見でした。

続く・・・

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