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2011/05/11

人類の軌跡その92:歴史と女性①

<砂漠の女王ゼノビアその1>

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                   パルミュラを望む

◎パルミュラ①

 「荒野のタドモル」と呼ばれ後にギリシア人によってパルミュラ(パルム→ナツメヤシ→ナツメヤシの都)と改名した街で、シリア砂漠の中央部に位置します。

 3世紀初頭、東部シリアの砂漠にゼノビアと名づけられた、女の子が誕生しました。
父は、アラブのベドゥインの首領ザッパイ、母はクレオパトラの末裔と称される程の美貌を持った、ギリシア女性でした。
彼らの住居は、シュロの葉陰のオアシスに設けられた、駱駝の皮で造った幕舎で、多くの家畜と共に牧草を追う遊牧の民でした。
ゼノビアは子供の頃から、才色とも優れザッパイの部下達も「これ程に美しい少女を見た事が無い」と感心する程で、彼女は父に似て、アラブ人特有の青褐色の肌を持ち、母に似てギリシア風の輝かしい黒い瞳を持っていました。
「その内にきっとクレオパトラの様に美しい娘になる」、母は何時も自慢げに話しをしていたそうです。
しかし、ゼノビアは単に美しいというだけで無く、学問の秀でた才能を見せ、強靭な身体と勇敢さを兼備えていました。
12歳の時には既に、もはや如何なる男達にも負けない程に駱駝を乗りこなし、若くして父ザッパイに変わってベドゥインを率いたのでした。

 その当時、シリア砂漠の中に、際立って有名なオアシスが在りました。
オアシスの名前は、パルミュラと云いシリアの東半分をその勢力化に置き、又この地域はキャラバンの要衝にも辺り、中国の絹、インドの宝石、ペルシアの真珠、アラビアの香料等東方の物資は一旦、パルミュラに集積し、バザールが立ち、ダマスクス(当時の人口200万人)や、ローマをはじめとする裕福な地中海世界へ運ばれて行きました。
大海原に浮かぶ緑の島の様なパルムの都には、ギリシア、アラビア、ユダヤ、シリア等の商人が多数居住し、豪邸を構え、絹、絨毯、ナツメヤシ、多様な穀物、香辛料を蓄える倉庫も多数立ち並んでいたと云います。

続く・・・

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