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2011/05/20

人類の軌跡その101:歴史と女性⑩

<ナポレオンを敗退させた女性・トルコ皇后エイメその2>

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                皇后ジョセフィーヌ
  
◎生い立ち

 この女性の存在を始めて発見したのは、ニューヨークに在る銀行の副頭取を務めるベンジャミン・A・モートンで、彼は、フランス領西インド諸島のマルティニク島に渡り、この島で生まれ、少女時代を送った、ナポレオン一世の皇后ジョセフィーヌの事跡を追跡調査中、偶然にも彼女の従姉妹エイメの事跡に遭遇し、然もジョセフィーヌの其れよりも、遥かに波乱万丈な物語を発見したのでした。
この調査記録は後に、「ベールをかけた皇后」と題してプトナム書店から刊行されました。

 西インド諸島東部、小アンティル諸島の中にマルティニク島が在ります。
1635年以来のフランス領で、人口約20万人、サトウキビ、バナナ、パイナップル、ココア、コーヒー等の農産物、牛、豚などの畜産物が在りますが、食料的には不足気味で、米、トウモロコシを輸入している現状です。

 1763年、後にフランス皇后となるジョセフィーヌ・タスシェは、マルティニク島のサトウキビ農場主の娘として生まれました。
父親は、フランス守備隊将校として同地に従軍し、除隊後もそのまま同地に留まり、在住のフランス人女性と結婚して、二人の間にジョセフィーヌを得ましたが、二人とも病がもとで、相次いで世を去りました。

 幼くして両親を失ったジョセフィーヌは、同じく同地で農園を営む伯父夫婦のもとに引き取られました。
伯父の家には、ジョセフィーヌより二歳年上のエイメ・ジュビュクが居ました。
エイメはジョセフィーヌの父ジョセフ・タスシェが独身の頃、現地のマイノリティに生ませたとの説も存在しますが、現実は良く判っていません。
この二人の少女は、大変仲が良く、夫妻のヨーロッパ風な厳格な内にも温情溢れた中で成長していきました。

 ジョセフィーヌが10歳の頃、エイメと一緒に、村で評判の占い師を訪問した際、面白半分に自分達の将来を占って貰った事が有りました。
占い師はまず、ジョセフィーヌの左の手の平を見つめていましたが、やがて、「貴女は、二度結婚する事に成りますが、二度目の夫は、この世界を自分の栄誉で満たし、多くの国々を征服します。貴女も一国の皇后よりも高い地位に昇りますが、後に之を失い、嘗てマルティニク島で過ごした、幼い平和な日々を愛しく思う様に成るでしょう」。
占い師のエイメに対する予言は、更に奇怪なものでした。
「海を渡る時、貴女の船は異教徒の海賊に襲われ、貴女は異教国の後宮に送られるが、その国の皇帝は貴女を見初め、皇帝の後継者を産む事になる。その後貴女はその半生を通じて、壮大華麗な宮殿を我が物として、其処で強大な権力をふるう事に成る」と。

続く・・・
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