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2011/05/26

人類の軌跡その107:歴史と女性⑯

<ナポレオンを敗退させた女性・トルコ皇后エイメその8>

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                 ナポレオン軍モスクワ入城

◎モスクワ遠征の失敗②

 1812年、帝政ロシアはトルコ帝国との戦いを交えており、軍隊の大部分をトルコ領土内に進駐させていました。
ナポレオンはこの事実を良く考慮した上で、同年5月、好期を得たとして、モスクワ遠征を開始したのでした。
ナポレオンは、この作戦の為に歴史上に於いて、最大かつ最も装備された、60万人を超える大部隊をもって、モスクワ攻略に向いました。
フランスは、ナポレオンの賭けとも言える作戦に、あらゆる資源を総動員し、投入します。
しかし、ナポレオンにとってこの作戦は、賭けでもなく、十分な勝算が有っての事であり、この大軍を止める軍隊がヨーロッパ大陸に存在しない事を知っていたのです。
ロシア陸軍の主力は、遥か南方に展開していたので、彼はトルコ帝国皇帝マフムト二世に対し、ロシア軍に対する一層激しい陽動作戦を展開する事を条件に、巨額の反対給付を提供する事を申し出ます。

 之に対してマフムト二世は、一切の約束をせず、ナポレオン軍がドレスデンを出発し、ロシア国境に向った日、トルコ皇帝は、あらゆる情報からロシア軍が、崩壊寸前に陥っているとの確証を握っているにも係わらず、ロシア皇帝と秘密講和条約に調印し、その要求に従ったのでした。
この条約の為に、訓練された5万人のロシア精鋭部隊は、後退の自由を得て、直ちにフランス軍の補給線を遮断する為に、北方へ移動を開始しました。

 この情報は、ナポレオンには察知されず、彼の軍隊は更にロシア領内深く進攻して行きます。
最も、彼は全くロシア軍の抵抗を受けない訳ではなく、フランス軍の侵攻を阻止しようとするロシア軍の間には、砲火を交え数万人の戦死者をだしていました。
ナポレオン軍は損害を顧みず、ロシアの防衛軍を押し返しながら進軍を続けました。
ロシア軍は退却の際、焦土作戦を展開し、残された食料や家屋に火を放ち、少しでも侵略者の利益になる物資を尽く破壊していきました。

続く・・・

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