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2011/05/27

人類の軌跡その108:歴史と女性⑰

<ナポレオンを敗退させた女性・トルコ皇后エイメその9>

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             ボロディノの戦い(ロシア軍騎兵隊)

◎モスクワ遠征の失敗③

 食料を絶たれたフランス兵は、病気や飢えの為、毎日多数が命を失いましたが、ナポレオンは凍土の地を奥深く前進し、パリから東方へ2560km(鹿児島県鹿児島中央駅から本州を経由し、北海道函館本線小沢駅に達する距離)の、モスクワを一望できる場所に到達した時、60万人の大部隊は15万人程度にまで減少していました。
しかもその間にトルコ帝国との講和により、移動可能となった5万人のロシア精鋭部隊は、ナポレオン軍の伸びきった補給路線を中央から、遮断する為に強行軍を続けて北上していたのでした。

 ナポレオンが残存部隊を引き連れて、モスクワに進駐した時、街の中は殆ども抜けの空で、僅かの残っている人間は、動かすことの出来ない、病人、負傷者だけで、当時30万の市民は、食料、牛馬、馬車、更に芸術品や貴重な品々を移動可能なものは全てを伴って退却した後であり、間髪をいれず、市内十数か所から、一世に火の手が上がり、モスクワは三日三晩燃え続け、四日目に降りだした雨の為に漸く鎮火したものの、市内の7割は灰燼に帰しました。
ロシア人による、焦土作戦の成果でした。

 9月30日、一つの報告が、ナポレオンの本営に壊滅的な報告をもたらします。
ルーマニアで、トルコ軍と交戦していると信じていた、ロシア軍5万人が、モスクワの西方640kmの地点に到達し、フランス軍の補給線を遮断、ベレジナ河の西岸に陣地を構築し、退路を絶たれた事を知ったのでした。

続く・・・

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