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2011/05/30

人類の軌跡その111:歴史と女性⑳

<ナポレオンを敗退させた女性・トルコ皇后エイメ番外編>

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◎余談

 マルティニク島生まれのフランス女性エイメが、海賊に囚われ、オスマン・トルコ帝国の後宮に送られ、後のトルコ皇帝の妃に成った様に、この時期よりも少し早く、アイルランド出身の女性が、アフリカの首長の妃に成った事が在りました。

 アイルランドの南部、コーク州エメラルド生まれの女性、マリー・ソンプスンは、同島の出身で、スペインのカディスで商人として成功した一人の男性から、墓参の為に帰国した折、見初められて結婚の申し出を受けました。
彼女は、暫し考える時間を求め、男性は後ろ髪を引かれる思いで、スペインに帰国する事にしました。

 マリーは熟慮を重ねた末、男性の申し出を受入れる事を決め、単身、カディスに向う事としスペイン行きの船に乗り込みました。
天気はよく晴れ渡り、波も静かで、彼女の前途を祝福するかの様に思える程、順調に航海も進み、船旅の終盤、間も無く目的地に着くと思われた時、突如、バルバリア海賊船の襲撃を受け、彼女は捕らえられ、モロッコの奴隷市場に送られました。
彼女の美貌を伝えるニュースは、メクネス(モロッコ)の宮廷の主、シディ・マホメッドの下にも伝えられていました。
宮廷の主は早速、大金を投じて、彼女を自分の物とし、その美貌に見せられて妃とします。
かくて、マリーは首長と王座を分ける事30年(1760年~1790年)に及び、その懸命さと、慈悲深さにより、臣民から敬愛されました。

 その頃、エイメは既にトルコ皇妃として、イスタンブールの宮廷の奥深く、ベールに包まれていたのでした。

終わり・・・
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