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2011/06/10

人類の軌跡その121:ミステリー④

<ドレイクの併合宣言その4>

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◎科学の投げた疑問②

 書体と綴りについては、ボルトン博士の支持者達が、否定論者に反論しました。
ドレイクの船には、一人も学者が乗船していなかったのでしょうか?
或いは少なくとも、ローマン書体の手本になる本が一冊も積まれていなかったのでしょうか?
これ程短い文章なら、綴り文字が統一されるのは、むしろ自然であると思われます。

 そして間も無く、別の領土建設趣意書の中でドレイクが”herr”の文字を使用している事が、明らかに成りました。
今や反論できない批判はただ一つ、ドレイクが白い岸と崖の近くに上陸した点に絞られて行きました。
そして、驚くべき報告が齎されたのでした。

 ペリル・シンの発見のニュースが公表されると、一人の人物が名乗りを上げました。
彼はシンの発見から4年前、ラグーナビーチで主人の帰りを待っているとき、暇つぶしに靴の先で地面を蹴っていると、地中から真鍮版が姿を現し、その上の文字を彼は中国語と思ったが、「ドレイク」の署名だけははっきり読む事が出来ました。

 彼は暫くその真鍮版を手元に置いていましたが、数ヶ月前ペリル・シンが板を発見した場所から、然程遠く無い場所に板を投げ捨てました。
その場所は、以前からドレイクの上陸した地点と伝えられる場所で、その最も目立つ地形的特長は、高い白い崖でした。
真鍮版の汚名は、無事に晴れ、ドレイクの不動産権利証書はカリフォルニア大学に納められましたが、イギリス本国は寛大にも、領土権の主張をしていません。

終わり・・・
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